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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)1213号 決定

債権者

大浦正義

右代理人弁護士

鈴木康隆

岩田研二郎

横山精一

戸谷茂樹

財前昌和

債務者

学校法人住吉学園

右代表者理事

天野一

右代理人弁護士

山崎武徳

林幸二

主文

一  債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、金二八九万七六〇〇円及び平成六年一二月から本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月二一日限り金三六万二二〇〇円を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立てを却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立ての趣旨

一  主文第一項と同旨。

二  債務者は、債権者に対し、平成六年三月二六日から本案判決確定に至るまで毎月二一日限り金五三万二二七六円を仮に支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  債務者は、昭和一六年創立の学校法人であり、住吉学園高等学校及び住吉学園附属幼稚園を経営している。

2  債権者は、昭和五三年四月、住吉学園高等学校に非常勤講師として奉職し、昭和五五年四月、専任教諭に昇格した。

3  債務者は、債権者に対し、平成六年三月二五日、債権者を解雇する旨の意思表示をなし(以下「本件解雇」という。)、同日、退職金七六三万二〇〇〇円、解雇予告手当五一万二二〇〇円の支払の提供をした。

4  債権者は、債務者から、本件解雇前の三か月間、次のとおり賃金等の支払を受けていた。

平成六年一月 五一万六二〇〇円

(担当手当を含む)

同年二月 五一万六二〇〇円

(担当手当を含む)

同年三月 五六万四四三〇円

(通勤費・担当手当を含む)

二  債務者の主張

1  債務者は、「躾教育を中心とする日本女性としての婦徳の涵養に努力し、強く、正しく、優しい女性を育成する」ことを教育目標として創立された学園であるところ、債権者は、担任教師として要求される責務を放擲し、生徒におもねり、甘やかし、遅刻・早退をなすがままにさせ、単位不認定となるおそれのある生徒が「補習授業」を欠席してもそのまま放置するなど、「生徒一人一人を大切にし、放任主義を排し、あと追い指導ではなく、常に生徒の行動に対し細心の注意をはらい、事前にきめ細かな指導をする」姿勢に欠けており、教師としての適格性に欠けるものである。

2(一)  債権者は、平成五年一一月二七日、校内において、入試説明会に来た保護者や生徒に対し、「理事長及び校長らが、学園を私物化し、管理職を増員し、これを優遇し、管理経費を年間約五五〇〇万円と大幅に増額する等して放漫経営を復活した。これは経営危機の再発と学園崩壊に直結する等々」の虚偽の内容のビラを配付し(以下「本件ビラ」という。)、債務者の信用を失墜せしめ、生徒の募集を妨害した。

(二)  また、債権者の本件ビラ配付は、債務者の校内において、無断でなされたものであり、その意味においても不当である。

3  債権者は、平成六年三月四日ころ、単位不認定の可能性の高い生徒とその両親に対し、「校長や教頭やったらなんとかなる」などと唆し、公正であるべき単位認定が「寄付金や政治力」で左右されるかのごとき印象を与え、関係者を無用なトラブルに巻き込むとともに、単位認定制度の権威を貶しめた。

4  債権者には、次のような職務怠慢行為があった。

(一) 昭和六〇年三月、担任クラスの生徒に対し追試の連絡を間違えたため、再度の「追試」を余儀なくされた。

(二) 昭和六二年四月二一日、校則違反で生活指導部長の指導を受けていた担任クラスの生徒を、勝手に下校させた。

(三) 昭和六三年二月一日、日頃適切な生活指導がなされていなかったため、担任クラスの生徒が、教室と住之江駅のトイレで二件の暴力事件を起こし、一名が退学処分、一名が無期謹慎処分を受けることになった。

(四) 昭和六三年六月二七日、水泳部顧問として選手登録のミスをしたため、生徒一名がインターハイに出られなくなった。

(五) 平成二年九月一四日、担任クラスの生徒全員が校内の水泳大会(学級対抗)を欠席した。

(六) 平成二年一二月六日、災害時に備え、修学旅行中寝間着用に体操服を着用することになっていたが、その趣旨を徹底しなかったため、最終夜を待たず体操服を自宅に送り返す生徒が出た。また、平成五年一二月の修学旅行に際しては、体操服を持参しない生徒も出た。

(七) 平成五年四月、生徒の実態の把握に必要な「補助簿」に乱記入をし、進路指導に必要な「進路指導票」にも誤記入をした。

(八) 「出張願い」を事前に提出せず、長期間放置し、注意を受けても反発するなど、規律を守ろうとしなかった。

(九) 平成五年一二月四日、生徒を甘やかし、修学旅行中、添乗の看護婦から「担任の先生は乗っておられないのですか。写真屋さんばかりと思っていました。生徒が何も言うこと聞かないものですから。」と揶揄されるほどであった。

(一〇) なお、債権者は、平成四年七月二九日、水泳部の顧問をしていたが、合宿中、中途退学していた生徒の喫煙により失火したため、同人の参加を容認したこと等により管理責任を問われ、減給処分になっている。

5  以上のとおり、債権者には、懲戒解雇事由(就業規則四三条一号、四七条)があるが、温情により、普通解雇としたものである(債権者は、組合を隠れ蓑にして自己の責任を免れようとしているが、債務者は、教師として不適格であるが故に解雇に踏み切ったものであり、他意はない)。

三  債権者の主張

1  債権者は、昭和五五年六月、大阪私学教職員組合住吉学園分会(以下「分会」ないし「組合」という。)に加入し、昭和五六年二月、分会執行委員、昭和五七年二月、分会書記長に選任され、現在に至っている。

2(一)  債権者は、教育労働条件を改善すべく、生徒の父兄に呼び掛けるため本件ビラを配付したものであり、その内容は真実で、正当な組合活動である。なお、本件ビラ配付により、志願者が減少したという事実はない。

(二)  債権者は、生徒の父兄の心情を汲み、トラブルを円満に処理すべく、教頭とも相談しつつ慎重に対処したものであって、単位認定問題に関し、非難されるべき点はない。

(三)  債務者が指摘する職務怠慢行為は、事実に反し、いいがかりに過ぎない。

(四)  債権者は、愛情と信念に基づき、優れた教育実践を行ってきたものであり、生徒や父兄の信頼も絶大で、教師としての資質に欠けるところは全くない。

(五)  したがって、本件解雇は、解雇権の濫用であって無効である。

3(一)  債権者は、学園の運営の民主化と財政の健全化を図るべく、分会の書記長として中心的な役割を果してきたものであるところ、債務者は、組合活動を禁忌し、本件解雇に及んだものである。

(二)  したがって、本件解雇は、不当労働行為であり、無効である。

四  主たる争点

1  本件解雇は、解雇権の濫用として無効か。

2  本件解雇は、不当労働行為として無効か。

3  保全の必要性。

第三争点に対する判断

一  債務者が解雇事由として主張するところについて検討する。

1  教師としての適格性について

債務者は、債権者が、担任教師として要求される責務を放擲し、生徒におもねり、甘やかし、遅刻・早退をなすがままにさせ、単位不認定となるおそれのある生徒が「補習授業」を欠席してもそのまま放置するなど、教師としての適格性に欠けるものである、旨主張する。

しかしながら、疎明資料によると、確かに、債権者が担任をしたクラスの遅刻・早退者の数が、長期間にわたって全クラス中最下位ないしそれに近いランクにあることは明らかであり(したがって、そういった問題についての熱意と指導力に問題がないとはいい切れない。)、また、単位不認定となるおそれのある生徒についても、補習ないし再補習を受けさせるべく決め細かな指導をしておれば(補習が受けられなかった理由を教科担当に伝えて了解を求めるなどの手当てをしていない。)、単位認定問題で無用のトラブルを招くこともなかったものと一応認められるが(〈証拠略〉)、債権者において、遅刻・早退を容認していたわけではなく、また、単位不認定となるおそれのある生徒については、補習について「君らは真剣にやれよ。もうこれが最後のチャンスやから。」と注意していたものであって、全く放置していたわけではなく(〈証拠略〉)、債権者の教え子の中には、卒業後も債権者を慕い、教えを受けられた僥倖を感謝している者もあるばかりでなく(〈証拠略〉)、債権者を評価する元同僚もいるから(〈証拠略〉)、これらの事実を考え併せると、債権者に教師として適格性がないとはいい難い。債務者が債権者に対し抱く不信感は、多分に教育観の違いに根ざすものであり(債権者が、「躾教育を中心とする日本女性としての婦徳の涵養」といった建学の精神に冷ややかであることは否めない。)、遅刻や早退者が多いといった事実等を捉え、債権者が、生徒におもねり、放恣に任せ、教師としての責務を全く怠っていたとみるのは早計である。

2  ビラ配付について

債務者は、本件ビラは、(1)その内容が虚偽であり、(2)学園の信用を失墜させ、生徒募集を妨害する目的で配付されたものであり、(3)生徒にまで配付するという教育的配慮に欠けるものであって、(4)組合活動とは無関係な個人的な非違行為に過ぎない、旨主張する。

(一) (1)の点について

まず、本件ビラには、「学園の私物化」、「放漫経営」、「管理職優遇」といった学園のイメージを汚し信用を毀損するおそれのある抽象的な表現がみられるが、疎明資料によると、その内容は、前後の文脈に照らすと、天野隆理事長兼校長が退職するまで(以下「旧体制」という。)は、管理職は校長兼理事長一名、教頭一名、事務長一名の三名であったものが、退職後(以下「新体制」という。)は、理事長一名、校長一名、副校長一名、教頭一名、事務長一名の五名に増員され、また、その経費は、年間四〇〇〇万円余であったものが約五五〇〇万円に増え、他の多くの私学に比べ、人数も多く、待遇もよいと主張し、これを学園の私物化、放漫経営の復活と表現しているに過ぎないのであって、債務者が、理事長の一族のため、学園や生徒を犠牲にし、その私的な利益の追及に走っているとまでいっているわけではないと一応認められる(〈証拠略〉)。したがって、右表現は、やや穏当さには欠けるものの、債務者がかって経営危機に陥り、経費の削減等によりようやく経営危機を脱した経緯等をも考え併せると、著しく不当であるとまではいい難い(〈証拠略〉)。

問題は、具体的な事実関係の記載について誇張・歪曲があるかであるが、疎明資料によると、管理職の経費が四〇〇〇万円余(旧体制)から約五五〇〇万円(新体制)に増えたという記載は正確でないうえ、旧体制において管理職でなかった者が新体制において管理職になった(したがって、非管理職の経費がその分だけ削減されている。)という事実を全く考慮していないという点において、やや牽強付会の憾みはあるが(〈証拠略〉)、債権者ないし分会(以下「債権者等」という。)は、それなりの根拠と信念に基づいて右記載をしたものであり(債権者等が、管理職の増員を批判するのは、授業を担当する者の経費が減り、授業を担当しない者の経費が増えている事実を捉えてのことであって、単なる人件費の増減を問題にしているわけではない。)、また、債務者の管理職が、他の多くの私学に比べ、人数も多く、待遇もよいとの記載も、単なる中傷ではないものと一応認められるから(〈証拠略〉)、少なくともビラ配付の時点において、本件ビラの配付が著しく不当であったとはいい難い。

(二) (2)の点について

疎明資料によると、債権者等が本件ビラ配付したのは、ビラの見出しにあるとおり、「教育優先の学園づくりをすすめる」ことを呼び掛けるためであって、生徒募集を妨害する目的がなかったことは明らかである(生徒数の減少を危惧しているのは、債務者も債権者も同様である)。もっとも、本件ビラをみることにより、債務者の経営方針や教育理念に疑問を抱き、受験を回避する者もないではないであろうから、本件ビラ配付が、結果的に生徒募集の障害となったことは否めない(〈証拠略〉)。

(三) (3)の点について

疎明資料によると、本件ビラは、入試説明会に来校した生徒(中学三年生)にも配付されたものと一応認められるから(〈証拠略〉)、教育的配慮に欠けるとの謗りは免れない。この点についての債務者の指摘には聞くべきものがある。債権者からは、学園改革のための緊急避難的行為であるとの反論はあろうが、生徒にまで配付するというのは行き過ぎである(このことは、債権者等が、本件ビラと同じ内容の立て看板を生徒の目に触れる場所に放置している問題についてもいえよう。手段はいくらでもあろう)。

(四) (4)の点について

疎明資料によると、本件ビラ配付は、組合活動として行われたものであって、債権者が、組合の決定と無関係にこれをなしたものでないことは明らかである(〈証拠略〉)。もっとも、組合内部において、教育的配慮等から、入試説明会におけるビラの配付に消極的な意見があったことは否定できない。

(五) 以上によると、本件ビラ配付は、その内容が正確性に欠ける点や配付方法が教育的配慮に欠ける点において一応は懲戒事由に当たるといえるが、その程度は必ずしも重大ではない(この点について、債務者も、懲戒解雇が相当であるとは思っていなかったようである)。

因に、債務者は、個人的利益の追及のみを目的とする私企業ではなく、私学助成金を受け、教育事業を行うものであるから、その経営が適正に保たれるべく真摯な批判をすることは、仮に債務者に損害を与えるおそれのある行為であっても、公益性が高く、正当性が認められてよい。しかしながら、その反面、その手段と方法については、格別の教育的配慮がなされて然るべきである。

(六) 債務者は、本件ビラ配付が、債務者の校内において、無断でなされたものであり、その意味においても不当であるというが、疎明資料から窺えるビラ配付の目的・規模・態様(〈証拠略〉)に鑑みると、校内における無断のビラ配付が懲戒事由に当たるとしても、その程度はさほど重大であるとは思われない(因みに、他の者の処分は保留のままである)。

3  単位認定問題について

債務者は、債権者が、欠点を取った生徒とその父兄に対し、「校長や教頭やったらなんとかなる。」などと唆し、公正であるべき単位認定が寄付金や政治力で左右されるかのごとき印象を与え、学園の信用を害した、旨主張する。

しかしながら、疎明資料によると、単位認定問題に関する事実経過は以下のとおりであったと一応認められる(〈証拠略〉)。

(一) 平成六年三月五日、債権者は、担任の生徒K(二年生)に対し、体育の点が欠点であったと告げた。Kは、仮進級であったところから、これが欠点になると留年になるため、債権者に対し「なんとかならないか。」と縋ったが、債権者は、「九九パーセント難しい。一六日の判定会議で決まる。」と説明したうえ、Kの母親に対し、その旨を電話で連絡した。Kの母親は、債権者に対し「なんとかならないか。」と訴え、債権者が、「難しい。三月一六日の判定会議で決まります。」と答えると、「教科担当の先生に会ってお願いしたい。」といい出した。これに対し、債権者は、母親の依頼を断ったが、母親は、体育の教科担当に対しかねてから不信感を持っており、納得しないため、学校に対し不満を述べる機会を与えるのが得策であると考え、「校長か教頭に会ってみますか。」と勧め、取次ぎ方を約した。

(〈証拠略〉には、教頭が、Kの両親から「債権者が、校長や教頭やったらなんとかなるといっていた。」と聞いた旨の陳述があるが、〈証拠略〉によると、債権者がそのような言動をしたとは考えられない。恐らく、藁にも縋りたい心境のKの両親が、債権者の言葉を潤色したのであろう)。

(二) 同年三月九日、Kの母親から債権者に対し、父親と共に校長か教頭に会いたいとの電話があった。そこで、債権者は、翌日の午後(ママ)一一時に校長か教頭に会えるよう取り計らうと答え、教頭に対しその旨を伝えた。教頭の返事は、自分が会うというものであった。

(三) 同年三月一〇日、債権者が、来校してきたKの両親に対し、教頭が会うと答えると、両親は、体育の教科担当に会いたいと申し入れた。これに対し、債権者は、教頭に対しその旨を伝えたが、教頭が「私が会う。この時期に教科担当が会うのはまずい。」というので、後のことは教頭に託すことにした。

以上によると、債権者の単位認定問題に関する対応は概ね妥当であって、取り立てていうほどの落ち度があったとは認め難い。債権者が、一〇〇パーセント難しいといわず、九八パーセントもしくは九九パーセント難しいといったからといって、校長や教頭に単位認定を覆す権限があることを示唆したことにはなるまい。両親は、校長や教頭に会えばなんとかなると期待していたかも知れないが、債権者にその責めがあるとは思えない(両親は、寄付金や政治力でなんとかなると考えていた形跡があるが、債権者は、そのような話をさせるのが目的で校長や教頭に会わせようとしたわけではない)。校長や教頭の都合も聞かず、会う日程を決めた点は軽率であるが、そのことにより事務に支障が生じたわけではない。高校における留年は、退学を意味する可能性が高いものであって、生徒のみならずその両親が、学校当局に対し様々な働きかけをすることは想像するに難くないことであるが、これに対し学園の規律を踏まえつつ、十分な教育的配慮をもって対応し得るのは、教科担当やクラス担任よりも校長や教頭であろう。現に、両親と応対した教頭は、不当な申し出を毅然として退け、学園の面目を保っており、なんの不都合も生じてはいない。

4  職務怠慢行為について

(一) 昭和六〇年三月の追試問題について

疎明資料によると、生徒の聞き違いの可能性もあり、事後の対応にも問題がなかったものと一応認められるから(〈証拠略〉)、債権者に落ち度があったとはいい難い。

(二) 昭和六二年四月二一日の下校問題について

疎明資料によると、下校した生徒は、家庭内の不和により荒んでおり、生活指導部長とのやりとりにより感情が激した状況になっていたところから、債権者の状況判断により、生徒を諭し、化粧をとらせたうえで下校させたものと一応認められるから(〈証拠略〉)、債権者を一概に非難するのは酷である(このような状況の下において、債務者が主張するように所持品検査を行うなど規則どおりにするのが教育上好結果を生むのか、ひとまず帰らせて後日その非を諭す方が好結果を生むのか、議論の分かれるところであろう)。担任教師に対し、右の程度の裁量を認めなければ血の通った教育はできないであろう。もっとも、生徒の面前における債権者の生活指導部長に対する言動やその後の対応には教育的配慮に欠ける面もあるから(〈証拠略〉)、反省すべき点がないではない。上司の「大浦先生の過去の事例の中で、生徒をかばわれるんですけどね、その生徒をかばわれることについては、僕もそれはあかんとは思わへんのですわ。そういう場合あっていいだろうと。しかしながら、かばったあとでのアフターの指導、及びこういう理由で私はかばいますよということを、当該教師に知らしめるということがないと、本当に一人よがりに、自分自身が生徒の味方であると。ところが生徒自身そういうふうに受け取っていないという現状があるわけです。」(〈証拠略〉)との批判は正鵠を射ている。

(三) 昭和六三年二月の暴行事件について

担任教師としては、残念な事件には違いないが、疎明資料によると、債権者の日頃の指導に格別問題はなかったものと一応認められるから(〈証拠略〉)、債権者を非難するのは酷である。

(四) 昭和六三年六月二七日の選手登録のミスについて

疎明資料によると、債権者において、今少し決め細かな指導をしておれば避けられたミスであるが、債権者も反省しているものと一応認められるから(〈証拠略〉)、解雇の合理性を基礎づける事由となり得るものではない(日頃の職務不熱心さが生んだミスとまではいい難い)。

(五) 平成二年九月一四日の水泳大会について

疎明資料によると、出場予定者のうち数名が欠席し、残りの者が健康上の理由から出場を取り止めるということは、債権者のクラス運営や日頃の指導が十分でなかったことを窺わせるものと一応認められるが、毎年同様の事態が繰り返されているわけではないから(〈証拠略〉)、債権者の指導力に問題があるとまではいい難い。

(六) 平成二年一二月六日の体操服について

疎明資料によると、体操服の問題は、修学旅行先のハプニングに過ぎず、債権者において、規則破りを黙認したものではないものと一応認められるから(〈証拠略〉)、債権者を責めるのは酷である。

(七) 平成五年四月の「補助簿」等の「進路指導票」について

疎明資料によると、単なる事務処理上のミスであり、実害もなかったものと一応認められるから(〈証拠略〉)、解雇の合理性を基礎づける事由となり得るものではない。

(八) 出張願いの後出しについて

疎明資料によると、債権者は、教頭から、出張願いを事前に出すよう指導を受けた際、「後出し出張は絶対にあかんねんな。絶対に公平に実施してや。」などといった横柄な態度を示しているが、職務命令に従わないといったわけではないものと一応認められるから(〈証拠略〉)、反省すべき点はあるにせよ、この問題も解雇の合理性を基礎づける事由となり得るものではない。

(九) 平成五年一二月四日の修学旅行について

疎明資料によると、債権者の生徒指導が厳しいものではなかったことは窺われるが、教育者としての資質が問われるほどのエピソードではない(〈証拠略〉)。

(一〇) 失火による減給処分について

疎明資料によると、債権者が、中途退学者の合宿参加を容認したものではなく、債権者にさしたる落ち度はなかったものと一応認められる(〈証拠略〉)。

二  以上検討したところによると、(一)ビラ配付の点については、その内容や配付方法(対象)に遺憾な点があるものの、(二)単位認定問題については、債権者に落ち度があるとまではいい難く、(三)職務怠慢行為については、債権者に落ち度がないか、あるいはあっても軽微な(しかも、かなり古い出来事であり、しかも頻発しているわけではない。)事由であり、(四)本件記録から窺われる一切の事情を考え併せても、債権者が教師としての適格性に欠けているとまではいい切れないから、債権者に対し解雇をもってのぞむのはいささか苛酷であって、懲戒解雇が相当でないことはもとより、普通解雇としても合理性に欠けるというべきである。

そうすると、本件解雇は、解雇権の濫用であって、その余の点に判断するまでもなく無効というほかない。

三  保全の必要性について検討する。

1  疎明資料によると、以下の事実が一応認められる(〈証拠略〉)。

(一) 債権者は、債務者から、本件解雇前の三か月間、次のとおりの賃金等の支払を受けていた(争いがない)。

平成六年一月 五一万六二〇〇円

(担当手当を含む)

同年二月 五一万六二〇〇円

(担当手当を含む)

同年三月 五六万四四三〇円

(通勤費・担当手当を含む)

(二) 債権者の家族は、妻(昭和二六年一二月九日生)、長女(昭和五五年四月二二日生・中学二年生)、二女(昭和五六年一二月一〇日生・中学一年生)、長男(昭和五九年一〇月二四日生・小学四年生)である。

(三) 債権者の妻は、保育所で働いており、毎月一五万円の収入がある。

(四) 債権者のこれまでの毎月の支出の内訳は、(1)食費一七万円、(2)外食費三万円、(3)住宅ローン返済五万円、(4)水道光熱費四万円、(5)教育費九万五〇〇〇円、(6)交通費三万円、(7)文化・教養費二万五〇〇〇円、(8)被服費三万円、(9)車輌維持費三万円、(10)共済費二万八〇〇〇円の合計五二万八〇〇〇円である。

(五) 債権者は、本件解雇後、組合から、生活費として二四五万円の貸し付けを受けている。

(六) 債権者には、他に収入がなく、現在のところ、生活費を捻出する術はない。

2  以上によると、債権者は、本件解雇により賃金の支払を停止されたため、自己とその扶養家族の生計を維持するのが著しく困難な状況にあるというべきであるから、その他諸般の事情を考え併せると、債権者に雇用契約上の権利があることを確認のうえ、債権者に対し、本件解雇の日の翌日から同年一一月分までの支払として二八九万七六〇〇円と平成六年一二月から本案の第一審判決が言い渡されるまで、毎月二一日限り、本件解雇前の平均賃金額の範囲内である三六万二二〇〇円の仮払を受けさせる必要があるというべきである。

四  結語

以上の次第で、本件申立ては、主文第一、二項掲記の限度で理由があるから、事実の性質上債権者に担保を立てさせないで、右の限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを却下する。

(裁判官 佐藤嘉彦)

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